死を知らせてくれる猫

カテゴリー「怨念・呪い」

とあるアパートで聞いた話。

そこは市街中心部にある、忘れられたような路地の、忘れられたようなアパートだった。
建物も年季が入っていたが入居者も古株ばかりで、「建物が崩れるのが先か、自分たちが死ぬのが先か」と、笑いのネタにされていた。

そのアパートの一階の一番奥の部屋には、一人の老女が住んでいた。
挨拶をしてもプイとそっぽを向くくせに、何かお裾分けがあるときはいち早く察して揉み手で近づいてくる。
人嫌いだがどこか憎めない老女だったという。

一人暮らしの彼女だったが、長年猫を一匹飼っていた。
一見白猫だが両前脚だけ靴下を履いたように黒い。
他の入居者がいくら声をかけても見向きもしない。
飼い主に似て愛想のない猫だった。

この猫が、一体いつから老女に飼われているのか、誰も知らなかった。
少なくとも十年前はいた。
いや自分が十五年前に入居したときはもう飼われていた、先代大家が飼育を許可したはずだがそれはもう二十年以上前の話だ、などと、嘘か真か分からない話が飛び交っていた。

老女自身もかなり年を取っており、「あれは魔女と猫又だ」などと、口さがなく笑う者もいたという。
老女はかなり腰が曲がり、出歩くのも困難な様子だった。

大家や周りの住民が心配して手伝いなど申し出ても、邪険に断る。
ではどうするのかと見ていると、いつしか中学生くらいの少女がやってくるようになり、買い物や身の回りのことなど手助けをしているようだった。

感心なことだと声をかけても、少女は知らん顔をする。
老女に「あれは孫か親戚か」と尋ねても、鼻で笑って答えようとしない。
ただ、「いい子だね」と少女のことを褒めると、その時ばかりは相好を崩したという。

ある夜のこと。
アパートの住民全員が、ある者は大きな猫の鳴き声で、またある者は部屋のドアをどんどん叩く音で目が覚めた。
なぜだか皆、同じ胸騒ぎを覚えて、一階の老女の部屋の前へと集まった。

最後にやってきたのは、アパートの隣の一軒家に住む大家だった。
彼は、夜中に何度もインターホンを鳴らされて飛び起きたという。
しかし、慌てて外に出るとそこには誰もいなかった。
住民たちと同じ気持ちで、合鍵を持ってやってきたのだ。

大家が老女の部屋の鍵を開けると、玄関にあの猫がいた。
まるで案内をするように奥の寝室へ踵を返す。

寝室では、住民たちの胸騒ぎ通り、老女が息を引き取っていた。
体はまだ温かく、臨終はつい今しがたであることがわかったという。

大家:「噂通り、その猫は本当に猫又だったのかもしれないですね」

私は、話をしてくれた大家にそう呟いた。
大家は頷き言った。

大家:「猫は、僕たちが救急車や警察を呼んでいる間に、いつの間にかいなくなっていました。飼い主を看取って、心置きなく修行の旅に出たのかもしれませんね。彼女には身寄りがなくて、お骨は寺に預けました。でも、知った人が誰も弔わないのは可哀想なので、あの人が使っていた手鏡を遺品としていただいて、時々お線香をあげているんです。そうすれば、いつかまたあの猫が帰ってきた時にも、飼い主の居場所がわかるでしょうし」

大家は、本当に人の良さそうな顔でにこりと笑った。

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