その日、私は締め切りの近づいた論文を仕上げるため、夜遅くまで研究室に残っていました。
研究室には、私の他に、大学院入学試験を控えた後輩の山村沙織も残っています。
そして夜11時を過ぎたくらいでしょうか?
沙織の携帯に着信がありました。
彼女は携帯をもって研究室を出て行きました。
しばらくして戻ってきた彼女は私のところへ来て言いました。
山村沙織:「せんぱ?い、しゃれになんないですぅ。今うちの親が電話してきたんですけど、さっき、私の下宿に電話したら誰かが出たって。それで一言も喋らずに勝手に切れちゃったって。その後電話してもずっと話し中だって言うんです。だから私も自分の携帯でかけてみたんですが、本当に話し中になってるんですよう。どうしましょう?」
今度は研究室の電話で彼女の部屋に電話してみました。
やはり、話し中だそうです。
山村沙織:「なんなんやろー。今日ひとりで帰るの怖いですぅ。先輩、部屋までついてきて下さいよー」
私:「ん?、そうね。じゃあ、今から帰ろっか?警察に連絡した方がいいかな?」
山村沙織:「警察に連絡したところでこれくらいじゃ取り合ってくれませんよ。でも、先輩、ほんとにいいんですか?すみません。論文、大丈夫ですか?」
私:「まあ、今日はこれ以上ここに残っても集中できなさそうだからもういいよ」
そして私たちは彼女のマンションに向かいました。
彼女の部屋が近づいてくると、近所迷惑だということは十分承知していますが、酔っ払いの振りをして大声で会話をしました。
部屋に居るかもしれない犯人(?)に部屋の主が帰ってきたのが分かるように・・・。
いつもは私は彼女を「沙織ちゃん」と呼んでいるのですが、わざわざ「山村さんさー」と名字で呼び、しかも、後から冷静に考えると不自然なほど彼女の名前を連発していました。
やがて部屋の前に到着し私は大声で酔っ払い風に「山村家にとぉーちゃーく!」などと言っていました。
彼女は彼女で「あれぇ?なかなか開かないなあ?」と、わざと鍵をガチャガチャさせながら、時間をかけて鍵を開けました。
これでもし、犯人が部屋に居たとしても、窓から逃げてくれているでしょう。
部屋の明かりを点け、恐る恐る部屋をざっと見渡しました。
誰も居ません。
部屋も荒らされていません。
風呂、トイレ、押し入れ、ベッドの下、洋服ダンスの中をはじめ、果ては、冷蔵庫の中や、便器の中、洗濯機の中まで調べましたが、誰も居ませんでした。
窓の鍵も内側からしっかりと二重にかかっています。
人が入った形跡はどこにもありません。
沙織は「ああ、怖かった?」といいながら、ベッドに腰を下ろしました。
私も彼女の隣に腰かけながら「こわかったね?、なんやったんやろー」と部屋の電話機の方へと目をやりました。
受話器はきちんと電話機にかかっています。
私:「まあ、接触が悪かったとかそんなんちゃう?」
私たちは緊張が解け、ほっと安心しました。
そこでふと私はあの有名な都市伝説を思い出し、少しイタズラ心もあって、彼女にあの話をしはじめました。
私:「そうそう、沙織ちゃんは『下男』っていう話、知ってる?ちょうどこんな感じで、ある女の子とその友達が・・・」
チャラリラチャリラララ?
彼女の携帯に着信がありました。
ディスプレイを見ると・・・、発信元は彼女の部屋電話になってます。
先ほどまでのほっとした空気が一気に凍り付きました。
彼女は携帯に出ました。
すると、その相手のおそろしい言葉は隣の私にもはっきりと聞えました。
「おい、そこの女に伝えろ。それ以上、俺のことを喋ったら必ず殺す」