私の知人で福島県郡山市で地方銀行に勤務する高野美穂子さん(仮名)が摩訶不思議な怪異現象に遭遇した時の話です。
当時、美穂子さんは職場の上司の紹介で知り合った大学病院勤務医の信幸さんとは恋愛中だった。
二人は結婚の話も進んでいて近々両家の親に紹介するばかりになっていた。
ところがそんな幸せの真っただ中にもかかわらず彼女に突然異変が起き始めたのである。
最初の異変はゴールデンウイーク初日の事。
信幸さんとデートの約束をし待ち合わせ場所に急ぐ途中、美穂子さんは今まで経験したことのないような激しい頭痛と吐き気に襲われたのである。
視界もボンヤリとても立っている事など出来ず思わずその場にしゃがみ込んでしまう程だった。
それからどれ位時間が経過した頃だろう。
気が付いた時、美穂子さんは自分の部屋のベッドに横になっていたのだ。
自分でもビックリして時計を見ると信幸さんとの約束の時間よりもう二時間も経過していたのであった。
その時は訳も分からずとにかく信幸さんの事が気がかりで早速携帯に電話した。
美穂子「あの・・・今日は本当にごめんなさい。」
信幸「・・・本当に悪いと思っているのか?」
美穂子「本当よ。もう百回でも千回でも謝ります。ごめんごめんごめんなさい。」
信幸「いいよもうわかったよ。」
美穂子「今日急に頭が痛くなって・・・」
信幸「言い訳はいい。悪かったと想えばそれでいいんだ。もう二度とあんな事はするなよ。」
美穂子「はい。」
信幸「今日の事はもう気にしなくていいよ・・・じゃお休み。」
美穂子「ええお休みなさい。」
恋人の優しさに触れますます愛情が募った。
張りつめていた緊張が一度にほぐれひとまずホッとしてテレビでも見ようかと立ち上がると、棚に飾っておいた人形が落ちているのに気ずいた。
「くーちゃん・・・か。」
子供の時いつも遊んでいたその人形に名前を付けていたのだ。
「最近地震が多いからかしら?」・・・と別段気に留める事も無く落ちていた人形を棚に上げた。
翌日、美穂子さんは昨日のお詫びの意味で手料理を味わってもらおうと信幸さんを食事に誘った。
信幸「いや~昨日は参ったよ。」
美穂子「も~う・・・だから今日は私が腕によりをかけてご馳走するから・・・」
おどけた調子に笑いながらキッチンにむかおうとしたその時棚にきちんと置いたはずの人形がポトリと落ちた。
「あら」
座りが悪いのかしら・・・等と考えながらその人形を拾い上げようとした時またあの激しい頭痛が始まったのである。
「ウウッ?」
耐え難い痛みに髪をかきむしりながらただただ頭痛と戦っていた。
「アアッウッウッ・・・」
その日気づいたときには美穂子さんはベッドに横になりボンヤリしていた。
信幸さんの姿は無い。
一体何が起こってしまったのか。
その晩は一睡もできずに涙だけが溢れてきてしようがなかった。
信幸さんと連絡が取れたのは翌日の事だった。
信幸「君のような女とはもう会いたくない。」
美穂子「お願いお願いだから話を聞いて。」
信幸「ダメだ聞く耳なんて持たないね。」
美穂子「そんな・・・一体私が私が何をしたっていうの?」
信幸「しかし・・・よく言うよあんな酷い事しておいて。」
美穂子「え~っ?」
まるでちんぷんかんぷん訳が分からない美穂子さんはやっとのおもいで今までの一部始終を話してもらった。
信幸さんの話によるとデートの待ち合わせ場所で美穂子さんはいつもとやたら雰囲気が違いやけに険しい目つきをしていた。
そして急に「私本当はあんたとなんかお付き合いしたくないのよ。」
そう美穂子さんが大声で叫んだと言うのだ。
信幸「何だよ急に。何を言うんだ。」
美穂子「誰があんたとなんか。私は大嫌いよ。」
信幸「おい今の言葉本気か?」
美穂子「当たり前よ。」
これが本当だと言うのか。
全く信じられなかった。
エリート医師である信幸さんとの結婚を待ち望んでいる自分がそんな事を口にしたなんて・・・。
昨夜は人形を拾おうとした時、棚の前でうずくまり犬のような唸り声を出していたと言う。
「美穂子どうした頭が痛いのか。」
信幸さんが体を抱きかかえようとすると「触るな?」そう言ってその手を払いのけたと言うのだ。
信幸「どうしたんだおい」
美穂子「触らないで不潔さっさと出ていってよ。」
信幸「食事に誘ったのはお前だぞ。」
美穂子「出ていって出ていかないと大声だすわよ。」
信幸「ああわかったよ。もう二度と来ないよ。これで終わりだな俺達。」
こうしたやりとりがあって信幸さんは部屋を出ていったと言うのだ。
しかもドアを閉める時、美穂子さんは信幸さんの顔を横目で見ながらニヤリと笑った言う。
数日後、思い余った美穂子さんはメンタルクリニックの門をたたいた。
しかしいろいろな検査の結果を診ても何の異常もないとの結論がでた。
精神に異常が無いとしたならあの現象は一体何なんだろうか。
考えれば考えるほどどんどん不安が募ってくる。
「私は一体どうなってしまうのかしら・・・」部屋で一人で考え込んでいるとその時どうした事か例の吐き気と頭痛が突然襲い掛かってきた。
「アアッウウッ~ッ」
前にもまして耐え難い非常なまでの激痛だった。
いっそこのまま死んでしまいたいと本気で思う程だった。
・・・とその時激しくドアをノックする音が部屋に響き渡った。
やっとの思いでドアを開けるとそこに立っていたのは信幸さんだった。
「信幸さん・・・」思わず駆け寄ろうとしたが間髪おかず、「君って女は一体何なんだ!」
美穂子「・・・え?何って?・・・」
信幸「俺のアパートに来てしつこくチャイムを鳴らしただろう。」
美穂子「そんな事してないわ?」
信幸「じゃこれは何なんだ」と信幸さんが差し出したのは棚に飾っておいた人形だった。
「もういい加減、嫌がらせはやめてくれ?」
そう言い終わるやいなやドアを思い切り締めその場を去った。
一人取り残された美穂子さんは精も根も尽き果て涙も出なかった。
美穂子さんは次の日母親に来てもらい今までの一切の顛末を話した。
母「一体どこでどう狂ってしまったのかね・・・」
美穂子「本当に訳がわからないの。ただ・・・」
母「ただ何なの。」
美穂子「誰かに邪魔されている気がする。」
母「誰かにねえ・・・アアッ」と母親は顔色を変え息を飲んだ。
母「もしや・・・とにかく信幸さんをすぐに呼んで!話をしてわかってもらわなくては。」
その夜、美穂子さんの母親が電話したので断る事もできず信幸さんはしぶしぶ美穂子さんのアパートにやってきた。
そしてまたもや恐ろしいくらいの美穂子さんの一面が信幸さんの口から出てきたのだ。
深夜、信幸さんのアパートを訪ねた美穂子さんは激しくドアを蹴りながら「開けろーおいこら信幸?開けろー。」
随分我慢していたのだがとうとう耐え切れずドアを開けると、その場にいるはずの美穂子さんは消え失せそこには一体の人形が立っていたのだ。
美穂子「嘘私そんな事していない」
信幸「じゃあの人形は何なんだ」
二人が口論を始めた時母親がぽつんとつぶやいた。
母「・・・それもしかしたら久美子かもね。」
美穂子「えっお姉さんが」
信幸「お姉さんってでも君にはお姉さんはいないだろう」
信幸さんが不思議がるのも無理はない。
美穂子さんでさえ姉の事を忘れていたのだから。
美穂子さんには三つ上の姉がいた。
姉の久美子さんは小学校三年生の時交通事故で亡くなっていたのだ。
母親がポツリポツリと話した事によると美穂子さんは姉が死んだ事でショックを受けふさぎ込んでいたため人形を買って与えそれをお姉ちゃんだと思ってずっと大事にしていたと言う。
月日が流れいつしかお姉ちゃんの事を想い出さなくなっていた。
幼いころはお姉ちゃんに語り掛けるように(くーちゃん)と名前を付けて毎日その日の出来事などを報告していたのだ。
「私すっかり忘れていた。それでお姉ちゃん怒っていたの?」
「お姉ちゃんごめんね私と一緒にお嫁さんになろうね」
美穂子さんは人形に向かって手を合わせた。
その日以来あの忌まわしい頭痛はピタリとおさまったのである。
今では美穂子さんは信幸さんの良き妻となり幸せに暮らしている。
そしてもちろん人形には毎日ジュースやお菓子をあげ色々な事を話かけているということらしいです。